まんぷくエッセイ -番外編-
2025.04.26 | スタッフ雑記

4月の下旬。
私は今、推しのライブへ行くために有給を取って、東京に来ている。
ライブは夜からなので、日中は東京観光をすることにした。
東京に着いて最初に訪れたのは、ずっと行ってみたかった浅草。
人の多さにビクビクしながら、なんとか参拝することができた。その後、SNSでリサーチしていたお店へと向かった。おいしそうな飲食店ばかりチェックしていたので、何を食べようかと前日からワクワクしていたのに…やってしまった。
新幹線で朝ごはんをしっかり食べたせいか、全くお腹が空いていない。
大阪を出てすぐに食べたので、東京に着く頃にはお腹も空いているだろうと思っていたのだが、誤算だった。
せっかく楽しみにしていた食べ歩きは、お店の外観を眺めるだけで終わってしまった。
ふわふわのメロンパン、さつまいもチップス、うなぎおにぎり、たこせんーー
全部おあずけだ。次来る時はお腹をはらぺこにして挑むと心に誓った。
私は人混みが大の苦手で、宿泊用の荷物に加えて、重たいパソコンやiPadも持ち歩いていたせいか、少し歩いただけで、すぐに疲れてしまった…。どこか休憩できるところはないかと、マップを開き、ピンをさしていた「珈琲天国」へと向かった。
レトロな外観のショーケースには、どこか懐かしさを感じる食品サンプルが並んでいた。普段喫茶店に行き慣れていない人は、なかなか入るのに勇気がいる外観かもしれない。「下調べしておいてよかった」と、自分の用意の良さに感謝しながら店内に入った。

店内は13席ほどの、こじんまりとした空間が広がっていた。一番奥のテーブル席には、白髪が素敵な外国人ご夫婦が1組、くつろいでいた。私は、入って右側、一番奥の席に腰を下ろした。ピンク色の“珈琲天国”Tシャツを着た、愛想のいい元気な店主さんが、注文を聞きにきてくれた。
今日はとても天気がよく、汗ばむような陽気だったので、コーヒーをアイスにするかホットにするかで迷っていると、店主さんが「今日は暑いですから迷いますね~」と笑顔で話しかけてくれた。私は特製ホットケーキとアイスコーヒーを注文した。
しばらく待っていると、若い外国人カップルが入店してきて、私の向かいの席に座った。気立てのいい店主さんが、流暢な英語で注文をとっていた。思わず「かっこいいな~」と、心の中で感心してしまった。
それから少しして、私のテーブルにホットケーキとアイスコーヒーが運ばれてきた。ホットケーキには「天国」の文字が入っていて、昔ながらの薄めのホットケーキが、2枚重なっていた。

向かいに座っていた外国人カップルが、運ばれてきたホットケーキを見て、「Cute~」と言い、笑顔でグッドポーズをしてくれた。最近すこーしだけ英語を勉強し始めたこともあって、「ここは積極的にコミュニケーショを取ってみよう!」と試みたのだけれど……笑顔を返すのが精一杯だった。なんとも情けない。英語習得への道のりは、まだまだこれからのようだ。
気を取り直して、私は「天国」の文字が刻まれたホットケーキにメープルシロップをたっぷりとかけた。口に運ぶと、ふわっふわで、ほんのりとした甘さの、軽やかなホットケーキだった。さっきまでの疲労感や、一人旅の不安がすっと消えていくほど、しあわせで満たされる味だった。
キンキンに冷えたアイスコーヒーは、汗ばむ体を心地よくクールダウンさせてくれた。甘いメープルシロップと、コーヒーのほろ苦さの相性は抜群だった。普段あまりコーヒーを好んで飲まないけれど、喫茶店に行くと、必ずコーヒーを注文するようにしている。最近は少しずつ慣れてきたのか、だんだんおいしく感じるようになってきた。そのうち、自分で淹れられるようになれたら嬉しい。
店の扉は開かれており、開放感がある。店内はオレンジ色の照明と、濃い茶色の家具で統一されていて、落ち着いた雰囲気。一方で、外は太陽が照りつけ、眩しく、たくさんの人で賑わっている。一歩外に出れば、ガヤガヤとしたノイズが耳に飛び込んでくるが、店内は不思議なほど静かで、とても居心地がいい。まるで、ノイズキャンセリングのイヤホンをつけて、外の音をシャットダウンしているかのようだった。

ふかふかのホットケーキを堪能していると、目の前の外国人カップルの元にも、ホットケーキと飲み物が運ばれてきた。彼は、ホットケーキを一口サイズに切ってフォークに刺したまま、じっと待っている。きっと、彼女と同じタイミングで食べようとしているのだろうと思っていたらーー
2人は同時にフォークを掲げ、「Cheers〜」と声をそろえ乾杯したあと、嬉しそうな表情でホットケーキを口へと運んだ。その光景を見て「なんてかわいいんだ!!!」と思わず心の中で悶絶してしまった。二人の楽しそうな笑顔を見て、「私もいつか、誰かとやってみたいな」と思ってしまうくらい、楽しさが倍増する儀式のようだった。
その後、店内には年配のご夫婦や、若い女性、二人組の中年男性など、さまざまな年代の人たちが、次々と入店してきた。店主さんは注文を取り、キッチンへと戻ると「シャカシャカ」とリズミカルな音を店内に響かせて、ホットケーキを焼き始めた。
その音は、まるで天国への入り口が開く合図のようだった。
また一人、また一人と、ホットケーキを食べて、
しあわせな世界へと葬られていくのでした。

文・イラスト 杉本 月