まんぷくエッセイ vol.02
2025.04.21 | スタッフ雑記

色とりどりの花が咲きそろう、山笑う季節。
私は、ワクワクとドキドキを胸に、電車に揺られながら、ある場所に向かっていた。
電車を降りたのは、古い瓦屋根が連なり、どこか懐かしい空気が漂う南生駒駅。やわらかな日差しの中、山々がほんのりとかすんで見える、静かな町だ。駅から3分ほど歩くと、目的地が見えてきた。訪れたのは、okuru designがグラフィックのお手伝いをさせていただいた『natomi宿』というゲストハウス。入り口には、お祝いの花々が色鮮やかに咲き誇っていた。

その花を見た瞬間、「あぁ、とうとう完成したんだ!」と胸が熱くなった。高まる気持ちをそっと押し込めて、ゆっくりと扉を開けると、キッチンで料理の準備をしている姉妹の姿が見えた。
「オープンおめでとうございます!」と声をかけると、ふたりは笑顔でキッチンから出てきてくれた。
オープン祝いに用意した、ふたりの似顔絵と、ロゴマークをかたどったオリジナルのブローチを手渡すと、
うっすら目に涙を浮かべながら、嬉しそうに受け取ってくれた。「月ちゃんにはすでに泣かされてるからな~」と笑いながら、ふたりは割烹着に着替え、ブローチをそっと胸元に留めてくれた。
おふたりの嬉しそうな笑顔を見て、私も心があたたかくなった。「今日はここに泊まるんだ…」とワクワクしながら、宿泊用の荷物を部屋に置き、私はキッチンへと足を運んだ。
少し早めに宿に着いたので、このあと行われるレセプションパーティーの準備をお手伝いすることにした。
姉妹と一緒にごはんの準備をするのは、実はこれで2回目になる。
1度目は、natomi宿で開催された左官ワークショップに参加したときのこと。その時は、おふたりが用意してくれたおでんを取り分けたり、配膳のお手伝いをした。
「おでんは沸騰させると汁が濁っちゃうから、弱火でゆっくり煮るんよ」「卵は縦に切った方が、おいしそうに見えるよ」と、料理の豆知識やちょっとした工夫を、さりげなく教えてくれた。
おでんといえば、これまではおばあちゃんの作るおでんが一番だったけれど、おふたりのおでんは、それに負けないくらい、心に残る味だった。特に、トロトロに煮込まれた牛すじは驚くほどおいしくて、その日の衝撃が忘れられず、次の日にはスーパーで食材をそろえ、はじめて自分でおでんを作ってしまうほどだった。

今回も、「えんどう豆は湯がいたあと、余熱で火が通らないようにしっかり水をきるんよ」「ポテサラは深めの器に、こんもりと立体的に盛るといいよ」と、何気ない会話の中で、さらりとコツを教えてくれた。
おふたりの料理に対する愛情や丁寧さに触れるたび、学ぶことばかりで、あたたかくて、楽しくて。
私は、この贅沢な時間が大好きだった。
えんどう豆を湯がいている鍋から、ゆらゆらと立ちのぼる湯気を眺めながら、
私はnatomi宿ができるまでの日々を振り返っていた。
出会いは、約1年半前に遡るーー
11月とは思えないやさしい日差しに包まれた、山粧う季節だった。
大阪の池田市にある、地域に開いた私設図書館『ふるえる書庫さん』と隣接する浄土真宗本願寺派『如来寺』の境内を舞台に開催された『てんからせん』というイベントに足を運んでくれたのがきっかけだった。妹の美緒さんは、okuru designがグラフィックを担当させていただいた美容室『ツムグイロさん』に行った後、このイベントでトークショーに参加した栗原と建築家の奥田さんに、わざわざ会いに来てくれたのだ。
ツムグイロさんのお客さまであること、ゲストハウスを作りたいという夢を持っていること、そして、okuru designのデザインを見てくれていること。わざわざ伝えに来てくれた想いが、どれもあたたかく、短い時間の中でも心に残る出会いだった。その頃はまだ、「こんな素敵な出会があるんだな~」と、ただ嬉しく、ぽかぽかした気持ちを心の奥にそっとしまっていた。
それから月日が流れーー
姉妹と再び出会ったのは、日差しがまぶしい、山滴る頃だった。
イベントの時にちらっと話してくれていたゲストハウスの構想を、いよいよ本格的に進めることになり、「グラフィックをokuru designにお願いしたい」と、事務所まで打ち合わせに来てくれた。姉妹は目を輝かせながら、長年思い描いていたゲストハウスの展望を話してくれた。

ふたりは本当に仲が良く、お互いの気持ちや考えを尊重し合っている様子がとても印象的だった。
ノリが良く、お話上手で、楽しい空気をつくり出しながらも安心感を与えてくれる、姉の奈緒さん。偏見を持たず、素直な心で、あたたかくまっすぐに向き合ってくれる、妹の美緒さん。明るさと前向きさ、そして一歩踏みだす行動力をあわせ持った、笑顔がとっても素敵な姉妹だった。
私はデザインチームの一員として、栗原と一緒に、姉妹の作るゲストハウスのグラフィックをお手伝いさせていただくことになった。最初に出会った時、栗原のデザインがとても好きだと話してくださっていたこともあり、「私が入っていいのだろうか…」と、正直、とても不安な気持ちが大きかった。
けれど、そんな気持ちとは裏腹に、お会いするたびに感じたのは、夢をカタチにしようと、着実に一歩ずつ進んでいくおふたりの姿だった。その姿に背中を押されるように、私も、自分ができるデザインの力で、おふたりに喜んでもらえるものをつくりたいーーそう思う気持ちが、不安を少しずつかき消してくれた。
途中、ロゴのご提案をした際に、涙を流してくれたことがあった。デザインは目に見えない感情や想いを、目に見えるカタチにする。その奥にある想いをすくい上げ、そっと手渡すことができたのなら、それは、私にとって何よりのしあわせだった。
私はデザインという仕事の中で、相手の想いを巡らせ、どうやったらその想いが伝わるのかを考える時間が、いちばん好きだ。相手の想いと、表現のピースがぴたりとハマる瞬間を目指して、いくつものピースをつくっては、はめて、またつくってを繰り返す。それはまさに「産みの苦しみ」とも言える瞬間だけれど、その先に待つ、“喜んでもらえる瞬間”を想像しながら作るこの時間を、いつまでも忘れずに大切にしていたい。
natomi宿は、築85年の古民家を、家主さんから受け継いで生まれた宿。住宅が立ち並ぶ生駒の町に、ふわりと溶け込むその佇まいは、思わず「ただいま」と言って、とびらを開いてしまうような、旅先でありながら、どこか日常の中にいるような安心感がある。
旅人も、まちの人も、ここで過ごすひとときが、まるで暮らしの延長のように感じられますように。そんな想いがそっと込められた、あたたかな宿。


長年思い描いていたゲストハウスを、現実のカタチにしようとするおふたりの姿を見て、「夢を追いかけること」に年齢は関係ないのだと、改めて感じた。その時ふと思い出したのが、以前訪れた『ピーター・ラビット展』のことだった。作者であるビアトリクス・ポターさんの言葉は、ずっと私の心に残っている。
彼女は36歳で絵本作家として名を広め、40歳を過ぎてから結婚。50代では農業に力を注ぎながら、多忙な日々を送っていたという。「何歳からでも、新しいことにチャレンジしていい」。そう教えてくれた彼女の人生は、今でも私の背中をそっと押してくれている。
natomi宿の姉妹も、事務所のお隣さんも、お仕事をご一緒させていただいている方々も。
この仕事をしていると、夢をカタチにしようと行動している人たちが、たくさん集まってくる。
年齢にとらわれず、自分らしく人生を歩む姿にふれるたび、「私も負けてられない、がんばろう!」と
いつもパワーをもらっている。
やわらかな日差しにつつまれながら、出会ったあの日から1年半の時が流れーー
姉妹の夢だったゲストハウスが、この春現実のカタチとなった。
ふわりとキッチンから立ちのぼる、唐揚げを揚げる湯気が目に入り、ふと現実に引き戻された。
美緒さんは、熱々の唐揚げを手で半分に分け、味見させてくれた。「タイ風の味付けだから、少し辛いかも」そう言うと、一緒に味見をしていた美緒さんの旦那さんが、「辛いの、だめだ~」と首を振っていた。
「いける、いける」と笑いながら美緒さんは、ひとかけらをぽんっと旦那さんの口に放り込んでいた。
そのわちゃわちゃとした、和やかな時間が楽しくてしかたなかった。
レセプションパーティーが始まる、ほんの少し前。なんとかご飯の準備が整った。
カキの麻辣オイル煮、ホタルイカの韓国風、ふつうのポテサラ。
さばのセビーチェ、ごぼうとくきわかめのスパイスキンピラ、人参ソムタム。
豚モツ煮込み、とりのタイ風唐揚げ、タイ風さつまあげ、牛すじのコムタン風ーー
ぜんぶで11品が、ずらりとテーブルに並んだ。

時間になると、家主さんのご家族をはじめ、古民家の仲介をされた不動産屋さんや、設計に関わった建築家さん、デザイナーなど、この場所の完成を見守ってきたたくさんの方がnatomi宿の食堂に集まった。カウンターを囲んで、店主の姉妹夫婦と会話を楽しみながら、おいしいごはんを堪能した。
姉妹夫婦は、natomi宿で初めての接客とは思えないほど息ぴったりで、思わず「ナイスコンビネーション!」と、心の中で拍手してしまうほど。まるで漫才コンビのようなテンポのよい掛け合いに、キッチンは笑いに包まれていた。

ぜひnatomi宿に訪れた方は、姉妹夫婦との会話も楽しんでいただきたい。心地良い接客と、楽しい時間が、きっと旅の楽しさを何倍にもしてくれるはず。
料理はどれも新鮮な組み合わせで、ホタルイカの韓国風にはキムチとトマトが和えられていた。しめさばとオレンジの組み合わせも驚いたけれど、食べてみるととてもおいしかった。キンピラはいつもの和風味ではなく、スパイスの効いたカレー風味。ふつうのポテサラには、きゅうり、にんじん、玉ねぎ、ハムがたっぷり入っていて、その名前とは裏腹に、贅沢で、どこかほっとするあたたかさを感じる味だった。おふたりの作る料理はどれも本当においしくて、ここでしか味わえないものばかりだ。
栗原の娘さん用につくられたおにぎりは、見るからにキラキラ輝いていて、熱々の湯気が漂っていた。おにぎりは奈緒さんの得意料理だそうで、熱々のお米をふんわりやさしく握っているんだとか。娘さんは「今まで食べたおにぎりの中で一番おいしい」と、大きなおにぎりを頬張っていた。その姿を見ていると、なんだかこちらまで、心がほかほかとあたたかくなった。その光景を眺めながら、この場所が、少しずつ“宿”として息を吹き返していくのを感じた。
しばらく使われていなかった古民家には、ひんやりとした空気が漂い、どこか、時間さえも止まっているように感じられたという。壁に掛けられたゼンマイ式の振り子時計も、その針を止めたまま、静かに眠っていた。けれど、natomi宿が誕生し、誰かの笑い声や優しい会話が、ゆっくりと空間に沁みわたり、長らく眠っていたこの場所に、人のぬくもりが戻ってくるのを感じたーーそう話してくれた方がいた。

止まっていた振り子時計が、カチカチと音を立てながら、静かに動き出し、新たな時を刻みはじめた。
みんなでパーティーを楽しんだ後、私はドミトリーの一室に泊まり、眠りについた。宿泊の感想は、ここではあえて語らないでおこう。ぜひ、自分の感覚で、体験してみてほしい。ーーこのあたたかな空間を。
natomi宿が、地元の方や、旅人とって、ふと帰りたくなる「第二のホーム」になりますように。
この夜の光景が、これから何年先もずっと続いていきますように。
これから夢を見つけ、カタチにしようと一歩踏み出そうとしているそこのあなたにも、
素敵な相棒が見つかることを願って…
文・イラスト 杉本 月
photo:kenichiro yamaguchi / natomi宿
「natomi宿」
〒630-0223 奈良県生駒市小瀬町470
okuru designがデザインを担当させていただいた
natomi宿 Webサイトは下記URLより、ご覧いただけます!